2005年05月31日

給食費騒動 ACT2

あいも変わらず、お袋は探してる。

給食費の領収書・・・。


”おかあさん、もうあきらめようよ。”オイラは一晩寝た後だよ。


お袋は、それでも無言で探してる。

土曜の朝・・・。


ところが、お袋の執念が身を結んだ!!

出てきた、領収書(逆転)。


いつもと違うの財布を持ってったのを忘れててさ。

何気なく見たら出てきたんだ、領収書がさ。


お袋、電話に向かって横っ飛び!

学校に電話をかけた。

給食費回収員はまだ、計算が残ってたらしく、電話をかけたら一発で出たんだ。


お袋が電話で、

”領収書があったよ。見せてやるから、そこを動くんじゃないよ!泥棒猫!!”

啖呵を切って、相手の話も聞かないまま、飛び出した。


オイラはドキドキ追いかける。お袋ワクワク小走りしてる。

結構、お袋は喧嘩を楽しんでたね。


学校に着いて職員室行ったら、オイラの担任と校長先生が待ってた。

お袋が”あの、生意気な小娘、何処に隠した?”と啖呵を切った。



校長室にいるのミエミエ……。




”あの小娘が見たいって言う領収書を持ってきたよ、隠さないで連れてきな!”

オイラの担任がサァ、

”彼女も悪気が合ったわけじゃないから…、私の顔に免じて許してやってよ。”

”ダメ!先生の顔をを立てるか立てないかは、小娘が謝ってからの話。”

結構、理屈がとおってんだよ(笑)。


校長先生が、

”この仕事は、計算だから気が立っちゃうんです。勘弁してやってください。”

”あたしゃ、あの小娘に計算して欲しいなんて、頼んだ覚えはないよ!”

”計算で気が立つんだったら、こんな商売ヤメちまえ!”

”とにかく出せ!奴を!!”



押し問答のすえ、さすがにお袋の疲労がピークに達したんだ。

”いいや!今回は。来月の給食費の支払い、誰が担当すんのか楽しみね♪”


外まで聞こえるようなデッケェ声で捨て台詞をはいてたっけ。





いやぁ〜、やっぱりスゲェ(天晴)。





お袋、徹夜だしデケェ声だしてっから腹減っちゃってさ。

帰りに食ったラーメンの美味かったこと。


オイラ社会人になって上司に怒られたり、客に怒鳴られたりしてもさ。

思いのほかタフなのは、このせいかも(達観)。


ちなみに、洒落ぬきで次の月に給食費の担当、代わっちゃってたよ(左遷??)。

バイバイね。
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2005年05月30日

給食費騒動 ACT1

オイラがガキの頃、給食費はお袋が現金もって、学校に払いに行ってたのね。

よくTVとかで、給食費を入れた封筒ってのが出てくるじゃない。


オイラあんなの見たことないよ。

40年代・・・というより、うちの学校だけかなぁ。


ある時さ、お袋と隣のおばさんが一緒に給食費を払いに行ったんだ、学校に。

当時いくらだったか知らないけど、領収書を貰うのね。





一応、ケジメだからね。






この後なんだよ、事件がおきたのは(ドキドキ)。

学校から電話がかかってきたんだ。


↓ココからは、オイラの記憶と、お袋の話によるよ。


給食費回収員: 給食費がまだなんですが、いつ来ますか?
お袋:       もう支払ってますよ。

給食費回収員: 支払っていません。
お袋:       XXさんと一緒だったんだから、あるはずです。

給食費回収員: XXさんは払っています。お宅に、領収書は?
お袋:       本当に調べたの?絶対に、払ってるんだけど!

給食費回収員: だったら領収書あるでしょ?見せなさいよ!
お袋:       とにかく、分かりました。





やべっ! お袋…切れてる(爆)。







だって、電話切ったあと血相変えて探してたもん。

でも、領収書見つからないんだ(困)。


仲が良かった、学校の先生からも電話かかってきてさ、大丈夫?って。

領収書がないけど絶対払ったって、先生に言ってった。

先生ももう一回調べるようにお願いしてるんだけど、取り付く島がないんだって。





お袋のパワーはそこからがスゲェんだ。






全然、見つかんないんだけどさ、一晩中ず〜っと捜してんだよ。

怨念だね。


つづく・・・。





給食に絶対つきものなのが、給食当番と、割烹着ね。
オイラがガキの頃は、班毎に集まって、テーブルクロス
敷いて、いただきますって言った。
一週間使うと、テーブルクロスと割烹着を持って帰ってさ、
カアちゃんに洗ってもらうんだ。
そういう、一連のプロセスさえも、懐かしいよね、うん。
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2005年05月29日

人造人間キカイダーを見よう♪

オイラは、変身特撮ものが大好きだったんだ。

例えば…、

トリプルファイター、仮面ライダー、魔人ハンターミツルギなど…、

数え上げればきりがないな。



その中でも、No2に位置するのがこ人造人間キカイダーぁなのだぁぁ。

k4.jpg


身体を真っ二つにぶった切り…、

正義と悪を象徴する青と赤で塗りたくった身体を披露しても…、

当時のオイラは狂喜乱舞したもんだ。




昭和40年代・・・、それは、何でもありの時代。

だってこれ、ヒーローとは思えんぞぉ。



ギルの笛を吹かれると、一発で悪者だぁ!!





ちなみに……、

高校になった時、同じクラスにジローと一緒に旅をしていた、

少年役の男と同じクラスになった。


彼はひどい不良に変貌を遂げていたが、

「グリーンマンティスと戦った不良は俺だけだ!」

と豪語していたっけ。





この、エピソードによってキカイダー好きに拍車をかけたんだ♪。






姉妹品にハカイダーってのがいるんだ。

これも、高校ではまったのだが、ハカイダーの跨るバイクはカワサキSS500。

伝説の曲がらない、止まらない、真っ直ぐ走らない…、三拍子揃ったマシンだぁ。



しかし…、




3本マフラーの2サイクルバイクとして、高校生のオイラを魅了したよ。



とどめを刺された。

・肩にあるアナログスイッチを押すレトロな変身。
・遠くでも聞こえるギターの音。
・見たこともない拳法を使う。
・ギルの笛の音でもだえ苦しむ。
・何故かサイドマシーン。

う〜ん、やっぱりカッコいいな。

 



良心回路が不完全…、正義と悪の青と赤…、サイドマシン…、
これがキカイダーの醍醐味…。
その時、XXの音がギルの笛を遮った…、で変身ね♪
志穂美悦子のビジンダーも良い。
ハカイダーも最高のデザインだ。
物語もしっかりしてる!絶対見るべし!見るべし!!
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2005年05月28日

ジイちゃんとお年始

オイラの住んでた横丁では、うちのジイちゃんが最年長だったんだ。

しきたりとか、自分の日課とかも絶対に曲げない。


いつも朝6時にお経を読むし、風呂は夕方6時って決まってたよ。





面白いのは元旦の朝ね。






昭和40年代はご近所の年始回りが当たり前でさ。

ジイちゃん、紋付袴でオイラをお供に連れて、ご近所を回るんだ。


お年賀は手ぬぐいと佃煮。


朝の8時ちょうどに家を出る。



近所の人も分かってるから、ジイちゃんが呼び鈴鳴らすと瞬時に出てくる。

もう玄関で待ってるのね(気の毒)。



今、誰だれのお宅だから次の次とか、子供に偵察させてたりね(笑)。

ジイちゃんが一回り終わるとご近所が、入れ替わり立ち代わりお年賀に来る。


みんなジイちゃん終わるの待ってるのね。



一応、長老だから(…溜息)。






これ、全部終わるの1時間。

ちょっとしたイベントだな(疲労困憊)。



昔はこんな風習で、親の付き合いを次の世代に受け継いだんだと思うんだ。



でもオイラの目当てはお年玉だっただけだけどなぁ。

ちなみに、ジイちゃん死んじゃったら、お年始回り…なくなっちゃた。


そんなもんか、悲しいけどさ(泣)。


 



うちのジイちゃんは、タオルと佃煮のフリカケを、
お年賀に使ってたよ。
こんなことでもないと、絶対に買わないような物を
選ぶのがミソらしいんだ。
もうお年始回りなんて、見たことないよ。死語だな。
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2005年05月27日

夜の散歩

今は夜でも明るくて、仕事時間も長くてやんなっちゃうね。

オイラがガキの頃、昼間と夜中に堺があったね。


夜九時も過ぎれば、もう人が歩いてない。

だから、子供にとっても九時過ぎれば夜中だったんだ。



昭和40年代前半は、テレビも早くに終わっちゃうしさ、

24時間営業の店なんかないからね。





野球中継終わってニュース見たら寝るしかないよ(笑)。






うちは、親父が帰ってくんのが遅かったからね。

街が寝静まった頃に親子で散歩に出るの。


遠くまでいくんだ。



迷子になったりもしてね。



当時は、タクシーだってビシバシ走ってた訳じゃないからさぁ。

遠くに行きすぎると、帰ってくるのが大変さ。


まぁ、どうせ金もないからタクシー乗れないけどね(笑)。



よく、オイラが眠くて歩けなくなると、親父がオンブしてくれてさ。

いつの間にか寝床で寝てて。

朝起きると親父は会社に行っちゃって。

あれっ!?昨日って…どうなったんだっけ??(みたいなね)





きっとそれでも今より寝てんだよ。多分。






夜中の散歩は最高だったな。


街を借りきった感じでさ。ひらめき




自分の家族以外は世の中に誰もいない感じがしてさ。

今は、どんなに夜中だって街が寝ないもんね。


便利になったけど、あの征服感が味わえないのは残念だなぁ〜。 バッド(下向き矢印)





散歩が身体に良いのは、現代の常識ね。
どうせ散歩するなら、楽しくウキウキにね♪
場所選び、人選び、ウェア選び……、
そんなこと全部にこだわったら、散歩の達人だよ。
オイラは、岸根公園の中をよく散歩するよ。
ムカついた時、散歩すると落ち着くんだ。
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2005年05月26日

超人バロム1を見よう♪

マ〜ッハロッドでブロロロロォ、ブロロロロォ、ブロロロロォ〜!


b1.jpg


やばいっ。


オイラはまっちゃう、この泣く子も黙る超人バロム1っ。





昭和40年代後半だぞぉ〜。






オイラこういう、弱点抱えたヒーローに惹かれる傾向があるなっ。

なんてったってコイツ、2人の男の子がバロムクロスでバロム1になるんだ。

ガキだぜ、2人会わせて一チョ前(…悲)。



友情メータが満タンにならないとバロムクロスが出来ないの。

あとね変身の最中、頭脳担当の痩せッポッチとさ、

身体担当のデブが一緒になるんだけどさ、

バロム1の中で喧嘩すると分離しちゃうんだ(多分)。






もう、手かせ足かせの状態なんだな。






乗ってる車はマッハロッド!


いつもは卵のように小さくてベルトについてる。

バロム1が”マッハロッド〜っ”って言いながら、

ホッポリ投げると車が出てくんの。



いやはや、ガキの頃はガキ同士で”バロ〜ォムクロォ〜ス”って言いながら、

お互いの腕をガキッと絡めてたな。


今、これ知ってる人が少ないのは何故なんだろう?

結構、よく出来てたと思うよ。


※原作が、ゴルゴ13描いてる人だったっていうのは、昨今知ったんだけどね。
※誰か知ってる人・・・語ろうよぉ〜!

  



ちきしょ〜、こんなことならソフビ取って置けば…。
バロム1に出てくる着グルミは、グロテスクだった。
ちょっと、恐怖っぽくて大好きなんだ。
脳ゲルゲ、クチビルゲ…、センスが光るよ、マジで。
能天気な主題歌も、最高!最高だよ!!
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2005年05月25日

交通博物館

親父は休みの時は、殆どグウタラ寝てたな。

地下鉄の運転士のハードさは、オイラが見てても良く分かったからね。

あまり親父の休日は期待しなかったな。


そんな、親父が機嫌がいい時、必ずと言っていいほど、

交通博物館に行ってたよ。


何たって、現役の運転士が講釈するんだ、

すげぇ贅沢なナレーターだったんだよ、うん。



昭和40年前半の娯楽アミューズメントはさぁ。

遊園地、動物園、博物館が三種の神器だったんだ。


当時、巨人戦なんかのチケットは、相当なコネが必要だった。

映画は、東映マンガ祭りのように季節もんだった。


交通博物館では、毎度毎度、親父の同じ説明を聞いていたけど…、

それでも楽しかったなぁ。


オイラも子供心に貴重な時間だったのを知っていたんだろうなぁ。


博物館を楽しんだ後は、親父行きつけの店で飯を食う。

でも、連れてってくれる処が、きったねぇの、きたなくねぇのって…、

女性客は死んでも入らない店ばっか(笑)。





でも、美味いのなんのって……。






一番、行ったのは焼肉屋だけど…。

親父は子袋を頼んで、”クチャクチャ”。

いつまでもガムみたいに噛みながらポッピーを飲む。

オイラはカルビと、ユッケをガンガン食べる。



でもオイラにしてみれば、何処でも良かったし、何でも良かったんだ。

でも、あの汚さだけは…、すげぇなぁ。


ひょっとして親父は、お袋もつれて行きたかったんじゃないかなぁ。

お袋は汚ねぇ店、大嫌いだったからね。

こうゆう店で食事できなかったのが寂しかったんじゃないかなぁ。



なぁ〜んてな♪







交通博物館のファンは多い。
やっぱり、電車の運転士に憧れってあるよな。
交通博物館のジオラマで、電車を走らせると、
時間が止まっちゃってね。
でも、親父との思い出も相まってか、ノスタルジーさ。
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2005年05月24日

刑事が米屋にやって来た

米屋のおじさんちは、通りに面してたんだ。

外苑東通りと新宿通りの交差点の近くね。


ある日、おじさんちに刑事がやってきたんだ。

通りの向こう側の家に、犯人の知り合いが帰ってくるのを見張るんだって。
※って、おじさんが言ってた。




本当に、そんなのあるんだ…。






昭和40年前半の米屋は、近所のサロンでさ。

いろんな近所が、チワ話をするのに千客万来なんだ。

そん中で、刑事さんだけが背広着て、お茶ススッてんの。





ヘンな光景だったなぁ(……変)。






犯人の知り合いが帰ってくるの見張らなきゃいけないし……、

近所の世間話を聞かなきゃいけないし……、

オイラの遊び相手をしなきゃいけないし……、

結構、大変だったんじゃないかな?


オイラは誰が来ようが、遊び相手ならエブリーウェルカム!!



大歓迎さ。




刑事さん2人いて、一人は本当に普通のオジサンだったなぁ。

優しくてさ、いろんな事教えてくれたよ。


どんのくらいだろう、いたの。

1週間くらいかな?

ある日、突然いなくなった時は、さみしかったぁ………。


でも、お喋りなお客さんばっかの中で、秘密で張り込みなんて出来たのかなぁ?










ちなみにおばさん、刑事さんに飯食わせてやってたなぁ。

刑事さん…、貧乏だったんじゃないかな。
 
 



ロボットぉ〜♪その名はぁ〜♪ロボット刑事K〜♪
ロボコップだって、こいつにゃかなわない!
マザーに語りかけるKには、哀愁さえも感じる。
確かに、着グルミ感はぬぐえないが、
それだけではない、ドラマがここにはある。
子供心に、そこに感動したんだ、うん。
posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 家族……親戚は米屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

エースをねらえ!を見よう♪

昭和40年代前半を小学生で過ごしたオイラ。

そのオイラにとって、語らなければならない永遠のアイドル。

それは、何と言っても岡ひろみ

e1.jpg

そう、エースをねらえでしょ。



小学生のオイラが、高校生のお姉さんを好きになっちゃったってイイジャン。

当時は、家で少女アニメを見ることと、学校でウンチするのはご法度(違反)。


キャンディキャンディも見ていたけど、

”今日、エースをねらえがあるから帰んなきゃ!じゃなっ!!”


って言えないんだな。


ちなみに、マキも好きだったよ。

と…、言うよりマキが好きだった時期があるんだ。

今にして思えば熱病のような…(思春期?)。



岡ひろみにはナゾがあってね。




何でおとうちゃんとおかあちゃん出てこないんだろう?って思っていた。

寮に入ってたのかな?

でも、猫飼えないよな?

マキとは学校行く途中で合流することが多かったけどな。

雰囲気的に自宅だったよな?

……、アパート暮らし???



藤堂さんも、お蝶婦人も、加賀のお欄も…、

”高校生ってのはスゲェ大人だなっ”


って…、だから藤堂さんと岡ひろみができちゃった時、

”負けたな…(フッ)”


………と、思ったよ、ウン。


漫画だから、少々の誇張はいいけど…、お蝶婦人はないよな、お蝶婦人は…。

と…、文句を言いながらも、オイラの中では思い出の深い逸品だな。








オイラは、ゴエモンになってもいいと思った。
岡ひろみと一緒にいられるなら…。
と…、小学生のオイラは考えていたんだ。
確かに、マキも捨て難い。でも、お蝶夫人じゃない。
加賀のお蘭でもない。
岡ヒロミだから、永遠なんだ!そうなんだ、うん。
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2005年05月22日

恐怖の便所

オイラがガキだった頃、家族3人で6畳のアバートに住んでたんだ。

当時の住宅は今ほど良くなかったから、隣の話声とか丸聞こえさ!




長屋だな、つまり。





昭和40年代前半は便所も汲み取り式が多くてさ。

このアパートもそうだったんだ。

結構、汲み取り屋さんの車、よく見たよ。





臭ぇんだ、これがまた!!






たしか5歳の時、独りで便所に行ったんだ。

したらさ、汲み取り屋さんがきててサァ、腰抜かすほど腰抜かしてサァ。


だって、便器の中がスゲェ明るくなって、中で巨大な蛇がウネってるんだ。

それでなくても、オイラの住んでたアパートの便所は深かったんだ!


部屋に後ずさりしながら帰ってお袋に言ってたよ。

"スゲェ蛇がいる!便所にっ!!”


お袋はすぐに分かったんだけどね。


オイラ、それがトラウマでさぁ。

引越ししてジイちゃんと暮らすまで、独りで便所に行けなくなった。

あのウンチの中でうごめいていた、汲み取り屋さんのホース。





小さなガキには怖いゾォ。






後、臭いな……(ツ〜ン)。

 
 






幼稚園、小学校、中学校までは、この一言がいえない…。
ましてや、ウンチをしたなんてバレたら、エンガチョ
の大合唱さ。
オイラは、小学校のトイレでウンチしたのがきっかけで、
いじめられた事があるぞ。いいじゃねぇか、したって♪
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2005年05月21日

おじさんの戦争体験話

米屋のおじさんは、戦争体験者だったんだって。

前線じゃあなかったから、ドンパチの経験はなかったらしいけどねー。

みんなはサァ、戦争の体験話を聞き飽きてるからね。

おじさんが戦争の話を始めるとツレナイ態度。





でもね、オイラは結構好きだったなぁ。






昭和40年代前半はサァ、まだ戦争の片鱗があってさ。

駅前広場には腕や足のない兵隊さんの姿を見たもんね。

ハーモニカなんか吹いてね。



おじさんは話を聞いてくれる人がいると、必ず軍隊手帳を見せるんだ。





強制的にね(困)。






軍隊にいた証しはそれしかないんだ(悲)。

写真や軍服もない。



おじさん言ってたよ。


"家に帰ってくるたんびに兄弟が増えやがる。”


”お国は戦争で、親は兄弟で俺を苦しめる。”


”俺に何の恨みがあるんだ!"


……ってね(苦笑)。



確に、おじさんの兄弟はお袋も入れて12人。

おじさん長男だから凹むと思うよ。


そんな時代をすごしたからサァ、

オイラがガキの当時、沢田研二が化粧してTVに出てると激怒してたね。

男の癖に(戦争にも行かないで)、チャラチャラすんじゃねぇ…って。

なんか、気持ちは分かったよ。



きっと、おじさんは誰かに感謝して欲しかったし、

労ってもらいたかったんじゃないかなぁ……。
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ゴキブリ戦争

まだオイラはガキの頃から、ゴキブリが大嫌いでさ。

あの黒い影を見ると戦慄が走り、天変地異が起きたような大騒ぎをしたもんさ。

親父は平気で手でつかめるんだけど、トロイもんだから逃げられちゃって。

逃げられると何処から現れるか見当もつかないから、ますます怯える。







いっそ、始末してもらわないと(怒)。








そこへいくとお袋は違った。

ゴキブリさえ気の毒になるほど、執拗に追い詰め抹殺するんだ。




残忍にね(恐)。





捕まえたらコンロで火炙りの刑か、八つ裂きの刑が待ってる。




頼りがいがあったもんだ(拍手)。





”あたしゃ、あんたのためにやってんじゃない!”


”憎いんだよ、ゴキブリだけは。”



と、言ってた。


昭和40年代前半は、ゴキブリ捕獲兵器は新聞紙と相場が決まってたんだ。
あ…、金持ちはハエたたきや、プラスチックのゴキブリ捕獲器ね。


いづれにしても、後始末が大変で・・・。

1M以上近寄れないもんな。


だから、ゴキブリホイホイが出現した時、ゴキブリ暗躍時代の終焉と思ったよ。





いや、マジで(歓喜)!






だが、ゴキブリを追い回すお袋の姿は、お袋が他界するまで続いていたっけ。

オイラが爺になった時、ゴキブリを見て心臓麻痺で死ぬことだけは避けたいなぁ。


そういえば、オイラがガキの頃は、しょっちゅう外から飛んで来たけど…、

今あんまり見ないなぁ。



どぅしちゃったんだろ?

 
 
 



ゴキブリ…、この表紙を見て、可愛いと思う人…、
何かが壊れてると思うよ♪
題名は美しきゴキブリの世界…、美しいのか?
オイラは、ヤマトゴキブリのシャープで、黒くて、
足の毛を見ると、心臓が破壊されそうになっちゃう。
だから、ゴキブリは興味が尽きないんだ、うん。
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2005年05月20日

キャプテンウルトラを見よう♪

とあるBlogでジャイアントロボで盛り上がっちゃた。

オイラの年代では涙もののキャラクターですが、

昨今の”懐かしの”といって取り上げられるキャラとの間に、

隔たりを感じるぞぉ。


オイラの年代でいう”懐かしの・・・”とは、

例えば、

・ジャイアントロボ   ・キャプテンウルトラ  ・ウルトラマン

・レインボー戦隊ロビン ・スーパージェッター  ・エイトマン

・赤き血のイレブン   ・アニマルワン など・・・。






しかし、世間様ではすでに…







・機動戦士ガンダム  ・エヴァンゲリオン  ・イデオン

・ドラゴンボール   ・キャプテン翼    ・宇宙戦艦ヤマト

・未来少年コナン   ・カルピス名作劇場 など・・・。


う〜ん、あれれのれ…



ジェネレーションギャップがひしひしと!!






オイラの中では、少年サンデーと言ったらスーパージェッター

少年マガジンと言えばエイトマンと言った、

二極対決の構図と共に、非常に熱狂した記憶が蘇るのだぁ。



キャプテンウルトラハックは、アメリカの未来映画の

キャラを髣髴させたし、

k3.jpg


ジョー役の小林稔侍は丸まると岩になっちゃうという、

素敵な設定でした。

※シュピーゲル号の容器のシャンプーもありましたよね。


ラッキーな事にTV創世記〜成長期〜成熟期〜慢性期→改革期までの、

昭和から平成にかけて、傍らにTVがあったことは、最高の

シチュエーションだな。





キャプテンウルトラの宇宙観は、ガキのオイラにとって、
憧れだった。宇宙人やロボットと旅をするのも、
バンデル星人をやっつけるのも、
シュピーゲル号を操縦するのも、大いなる夢だった。
今見ればチャチなのは知ってる。
でも、熱いハートはここに生きているんだよぉぉ!
posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | TV…特撮ヒーロー昭和篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

秘密基地の建造

オイラがガキの頃、よく工事現場で遊んだんだ。

多かったんだよ、工事現場。


マンション(当時はコーポとか、メゾンとか呼ばれてた?)おったてる時、

基礎工事をするんだけど、結構深い穴掘るんだよな。

そこに、端材やらビニールシートやら持ってきて、秘密基地にしちゃうんだ。



そういう工事現場のポイントは、他の奴らも狙ってるからね。

早くツバ付けとかないと、取られちゃう(弱肉強食)。


秘密基地が作り終わると、大事なオモチャほど中に持ち込んで保管したもんさ。

周りの奴らも、そういうモノには手を出さなかったな。






暗黙のルール。







子供道と言えど、頑なだったね。







当時は、こんな状態でほったらかしっぱなしの期間が長くてさ。

一回作った基地は、3〜4ヶ月くらい使えたんだ。



ある日、秘密基地に行ってみると、工事のおじさんとにとっつかまってさ、



こ〜ってり油を絞られる。




で…、中にあるモノを撤収して、秘密基地の役割を終えるのが通例かな(哀)。



今にして思えば、危ないよ。

落っこちればヤバイ高さだしぃ、

上から何か落っこちて頭に当たったらイチコロだよ、ガキなんて。



当時の遊びには運も必要だったって事かな。




おおらかだのぅ〜。





オイラの時代は、秘密基地と言えば…、
サンダーバードだよ、絶対にねっ!
特に、2号が飛び出すときに、ヤシの木が…
…パタパタパタパタと倒れてさ。
本当に秘密基地みたいなんだ。
あの頃は、熱狂したんだよなぁ♪
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2005年05月18日

鼻クソ屋

オイラがガキの頃は、行動半径が広かったのね。

冒険とか言って、知らない道をわざと通ってさぁ、

新しい公園とか駄菓子屋を発見するんだ。



ある日、いつもの様に冒険をしていたら、新しい駄菓子屋を発見したんだ。

”おばさ〜ん、このアイスくださ〜い。”

”ハイ、30円ね。”


3人雁首並べて同じアイスを買った……、までは良かった。


食べ始めたら、2人のアイスから何か黒い物が・・・。

”うぇ、これ鼻クソじゃね〜のぉ?”

”鼻クソだぁ!鼻クソ売ってるぅ。鼻クソ屋だぁ〜!!!”


晴れて、この3人の間では鼻クソ屋と命名した。







鼻クソ屋の誕生の瞬間…☆









次の日、学校行って皆に教えてやったのね。

”鼻クソ屋”っていう名前もね(迷惑…)。


ある日、”鼻クソ屋”に行ったらさぁ、

違う学校の奴らまで”鼻クソ屋”って言ってんだ(笑)。


命名したのは確かにオイラ達だったけど、あれから巡りめぐって皆、

そう呼ぶようになっちゃったんだな(謝罪…)。







気の毒したなぁ〜。









あの後ず〜っと、鼻クソ屋って言われたんだぜぇ(爆)。





駄菓子屋に健全さ、綺麗さ、健康さを…、
求めてもしょうがない。
でも、子供にとってサロンであって、
コミュニティだったんだ。
そう、あそこには素敵な空間が沢山あった。
もう、思い出しかなくなっちゃったなぁ…。
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2005年05月17日

ジイちゃんゴメン

オイラのジイちゃんってのは、優しくてさ。

子供も、孫も怒られたって言う記憶がないらしい。






いっつも、いっつも、ニコニコしててさ。







オイラが生まれてすぐ、腸重積で入院してさ…、

親父とお袋は金ない時もさ…、

”命は金じゃ買えねぇんだ”

って言って、ポ〜ンと入院費出してくれたりさ(凄)。




親父やお袋に怒られてるとさ、助け舟を出してくれんだ。

謝り方まで教えてくれんの。


そう…、ジイちゃんは米屋を隠居してから、いっつも町内を散歩してたから…、

町でも知らない人いなくて。



そのおかげでオイラは、知らない人でも”おじいちゃんの孫なの”って言えば、

自己紹介いらないくらい、知名度があったんだ(自慢)。


ある日、お袋と米屋のおばさんとオイラで、米屋の2階でお茶菓子食ってたんだ。

お客が途切れる時ってあるからね。

なんかの話がきっかけで、ジイちゃんの悪口になったのね。


そう、別に嫌っていってるわけじゃないんだけどぉ…、

なんか話の種になっちゃったんだな。



”おじいちゃんはご飯の時、ぜ〜ったい美味しいって言わないのよ!”

”店に来てても相撲が始まっちゃうと、お客さん来てても遠慮がないのよ!”

”孫に小遣いの一つもあげてもいいんじゃない?”







な〜んてね(抗)。






したらさぁ、いつの間にか散歩の途中で、米屋に寄ったジイちゃんが来てたのね。

悪口ぜ〜んぶ聞かれちゃっててさ。


米屋のおじさんが、

”お〜い、いい加減にしろぁ〜!じいさん来てんだぞぉ〜!”





3人とも真っ青でさ!





ウチのお袋がさ

”オマエ!帰るよ!!”って言って跳ねるように立ち上がったんだ!

おばさんがさぁ、

”ずるいっ!!おいていかないでよぉ・・・!”って聞こえたんだけどぉ、





それどころじゃないよ。





1階まで走って降りて、ジイちゃんに

”おじいちゃん!お先にっ!!”

お袋が言い放って、オイラと2人で帰っちゃったんだ(笑)。




その後、おばさんがどうしたのかは知らないけど、その夜の夕飯はぁ…、





バツ悪かったなぁ。





ジイちゃんはどう思ってたか知らないけど…、

謝るのも、話すのも、開き直るのも全部バツが悪くてさぁ。



まぁ、ジイちゃんは優しかったから、どうこうなかったけどね。



この件は、オイラの中でもトラウマでさぁ。

お袋もおばさんも、ジイちゃんの命日や法事には必ず思い出してたね。

たったこの時だけ、魔がさして本人に聞かれちゃった。


やめときゃよかった(後悔)。

posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族…爺ちゃんの優しさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

魚屋の熊さん

オイラ子供の頃は、御用聞きって言う人が沢山いてさ。

前にも書いたけど。


その中に、魚屋の熊さんてのがいてさ、随分と可愛がってもらったなぁ。

この熊さんは、当時多分35歳くらいの独身だったんだ。

プラモ作りが大好きでさァ。

作るのが好きで、作り終わっちゃうと興味がないんだ。



当時、帰ってきたウルトラマンの”マットアロー”とかさ、

マジンガーZの”ホバーパイルダー”とか作り終わるとくれるんだ。

でも、紙やすりでちゃんと処理して、色もリアルに塗ってあるんだ。

子供にはドキドキもんだったんだ(嬉)。



当然、御用聞きの時にくれるから、お袋もそういう時は沢山魚を買っちゃうんだ。

時々、プラモデル代って付け届けしたりね。



例えば、戦車とかのジオラマが好きな子用とか…、

鉄道が好きな子用とか用意して、子供達にあげてるんだ。

一個貰うと次のリクエストしたりしてね。





ほとんどチャリティー?






熊さんプラモ代だけでも、結構使ってると思うんだよ。

でもさ、御用聞きとプラモ作戦で近くにスーパーとかあったけど、

いっぱい注文貰ってたよ。




サザエさんにも酒屋のサブちゃんとかいるけど、まさにあれね。





オイラ子供の頃は、こんな他人とのつながりがあったんだ。

子供は楽しかったけど、親は義理もあって付き合いが大変だったかもね。





熊さん今、60歳くらい?






何やってんだろう?会いてぇなぁ…。





確かに御用聞きのトークには、活気があったね。
自分が知ってる最高のものを、勧めるってかね。
熊さんなんて、子供は手なずける、親父は手なずける、
奥様に歯の浮くお世辞、商品知識は抜群っ!!
学ぶべきところ、タップリダァ♪
posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 場所…ご近所さんと昭和篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

おじさんと昼飯

オイラガキの頃、よく米屋のおじさんと一緒に昼飯を食ってたんだ。

配達とかあるから、3時くらいになっちゃうんだよな。

多分、米屋に限らず自営業なんて、まともに昼飯とか食えないと思うよ。


おばさんが、

”あんた、今は配達途切れてるからご飯食べちゃって!”とか、

”××さん、急ぎだって!”とかね。






おちおち昼飯も食えない…(悲)。







米屋のおじさんも昼飯を食ってる時に、

”こんなのエサだな。”

と、笑いながら言ってたね。



でも、オイラから見ると凄く美味そうなんだ。


例えばさ、味噌汁とご飯とミソが出てくるのね。

ミソをさ、ご飯に塗りたくって味噌汁飲みながら食うわけ。






ミソだらけ(笑)。







そりゃ、毎日じゃエサだって言うかもしれないけどさ…、

これ食ってみると結構さ美味いんだ。




あとさ、パンにソースを付けて食うんだ。

コロッケパンとかの具を取ると、こうなるのかも知れないな。

みすぼらしいんだけど、美味いんだ(貧)。



またおじさんがガツガツ食うんだけどさぁ…、

そりゃぁ、美味そうに食うもんだから、こっちまで美味くなっちゃうんだ。



米屋ってのはさ、体力がいるんだよな。

だって、一表の米俵をお客さんの口に入るまで面倒見る商売やってんだから。

何の作業やるってったって力が要るんだ。



よく、あの飯で身体がもってたよね。

今、振り返ると商売って大変だよな。




まっ、サラリーマンも大変だけどね、普通は(爆)。



posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族……親戚は米屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

チキチキマシン猛レースを見よう♪

t1.jpg
オイラがガキの頃、外国からの輸入アニメ全盛でさ、結構見てたよ。

怪獣王ターガン、スーパースリー、大魔王シャザーン、フランケンロボとかさ。


その中でも、”チキチキマシーン猛レース”が大好きだったんだ。

良くできた、アニメでさ。


1)ブラック魔王がチョコザイな罠を張る。

2)ケンケンに裏切られる。

3)因果応報で1位に入れない。







全部、ワンパターン。








見てる子供にはわかりやすくてさ。

出てくるキャラクターもビジュアル的にわかりやすいんだ。


今にして思うと、日本語に訳してた担当も大したもんだよ。

1番岩石オープンのメンバーは”タメゴロー”だからね。


”タメゴロー”って言えばさぁ、

”ゲバゲバ90分”で(故)ハナハジメが言ってた、

”アッ、っと驚く〜タメゴロォ〜”


ってギャグを思い出しちゃう(笑)。


時代はリンクしてんだけど、キャラクターの名前に使っちゃうこのいい加減さ。

今なら、著作権法引っかかるかもよ(ひっかかんねーか?!)。


後、大好きだったキャラクターにケンケンってのがいたんだ。




これが、狂言回しでさ。





良く分からないキャラなのね。

基本的にはドライ、でも人情家。

基本的にはブラック魔王の相棒、でも裏切る。

基本的には犬、でも犬とは思えない思考回路。


ドラマの行方を決定するのは、ケンケンがどう動くかによっちゃう…、

そんな、ハラハラが大好きな逸品。



後にリリースされた”スカイキッドブラック魔王”も面白いぜ。





昭和の子供は絶対に知ってる!
知らなかったら、昭和の子供じゃないっ!
マンガキッドボックス東京12チャンネル…、
回せばいつでも会える。
マジック3とか、タンクGTの人気が高い。
絶対に、見てくれぃ♪見ろぉ〜!!
posted by ハナユビ at 00:00| ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | TV…アニメの思ひ出昭和篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

病弱?繊細??

オイラが小学校2年生ぐらいまで、2週間に1回以上は病院に行ってたんだ。

まぁ病弱と言うか、繊細と言うか・・・、

ほんとうにだよ。 


近所に安井さんって、腕のいい物静かなお医者さんだったなぁ。

もう、このペースで行くと、お医者さんとも友達感覚だよね。

この安井さんは、米屋のおじさんちから歩いて3分の所にあったんだ。



ある日、やっぱり熱が出てさ。

学校休んでお袋と一緒に病院に行ったのね。

大体、途中で米屋に立ち寄ってさぁ。


あばさんに”まぁ、可哀想ねぇ・・・。”と同情されて、

おじさんに”けっ、オマエは普段から態度でけぇからバチが当たったんだ!”

と、からかわれるのが日課だったんだ。


オイラも年がら年中、熱出してたもんだからさぁ。

ちょっとくらい高くても、全然普通だったんだけどね。


でも、この日は違っててさぁ。

もう、身体がかったるくて、だるくって……。

米屋に寄った時には、一歩も歩きたくない状態になったんだ。


でも、3分くらいでお医者さんに着くからさぁ、

頑張って”よいしょ”って立ち上がったのね。






めちゃくちゃ辛かったんだけどさ。







そうしたらさァ、おじさんが、


”あぁぁ、見てらんねぇ!”

”どうしてオマエはそう軟弱なんだ!!”

”おじさんが車で連れてってやるから待ってろ!”



って、言ってくれたんだ。





もう、すんげぇ嬉しくてさ。







たった3分のところなのにさ。


そしたらお袋がさ、

”いいよ、ダメならおんぶできない距離じゃないから。”


オイラは、”なんてこと言うんだ!”と、思ってたけど言葉にならない。






………喋るのも面倒で、億劫で。







でも、おじさんは無視して車出しに行ってくれたのね。

おばさんも”今、配達途切れてヒマだから。”

と、言ってくれた。


昔はさァ、駐車場が少なくて、めちゃめちゃ遠い所にあったんだ。


なのに、わざわざ取りに行って……、

歩いて3分のところ車で送ってくれて……、

診察終わるまで待っててくれて……、

家まで送ってくれた。





もぅさぁ、嬉しくってねぇ。





ガキなんか現金だから”おじさん”とか”おばさん”に感謝というより、

車でいける嬉しさが先に立ってたと思うよ(笑)。


でもさ、物が分かる年頃になってさ…、

当時を振り返るとさ…、



やっぱり感謝しちゃうよね。





今でも、熱出すとこのことをハッキリと思い出すんだ。

嬉しい思い出だよ。


ちなみに、その時はオタフク風邪だった。

あれ、辛いな・・・。
posted by ハナユビ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 家族……親戚は米屋さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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