2005年09月23日

叔母さんが痴呆になっちゃった


今回は、いつも語っていた、米屋のオバサンのことを書こうと思うんだ。

いとちゃんさんのブログを読んで、チト考えさせられたからね。


オイラには、米屋で働くオバサンがいたんだ。

お袋の兄貴の嫁さんで、オイラをメチャメチャ溺愛してくれてね。

本当に感謝してもしてもし足りないくらいさ。


そのオバサンも高齢で、米屋の運営が辛くてさ。

店を畳んだ瞬間…、



パーキンソン症候群に見まわれたのね。




あまりよく知らないけど、いわゆる痴呆ってやつ?
↑後で、コメントを頂きましたが、パーキンソンと痴呆は症例は似ていても別物だそうです。悪しからず。


また、正座をすると血流が止まり死に至る、

原因不明の病にまで冒されちゃってさ。


当然、その家の娘夫婦は施設へ入れたんだ。

自分たちの生活がままならないからね。



オバサンは、しばらくオイラに会いたがらなかったんだ。

……聞いたらさ、

無様な自分の姿を見られたくないと思ってたらしいんだよな。


娘曰く、”症状が進んじゃってるから、あなたの事分からないかも”

と、言われてたんだ。


オイラにしてみたら、そんなことは関係なくてさ。

気持ちの上で行きたいんだよ。



ウチの娘 が生まれてから、見せてもいないしさ。



オバサンの娘に(娘ったってオイラより10歳も上だけど)

無理やり施設を教えてもらってさ。


行ったらさ、生きる屍 のように横たわるオバサンがいたんだ。

苦痛も、楽しみも、何も無い・・・生活感の無い表情でね。




さすがにオイラも愕然としたよ。





ここまで来てるんだァ・・・、もう長くないのかなぁ、ってね。

でもね、オイラが訪ねていってさ”オバサン”って声をかけたら、


半分麻痺した顔で笑うんだよ。



でさ、”こいつ、オイラの娘だよ、見せに来たよ、マブイだろ”

って言ったら泣きそうな顔で頷くんだよな。


あぁ、痴呆と言ったって分かるんだ。

壊れちゃったわけじゃないんだ、って思ったよね。


頭も、身体も、言葉も衰えていく中で……、

人が人にできることは、話しかけることだけかもしれない。


だけど、それを続けることが重要だし、重大なんだと思ったんだ。


おいらの自己満足だけど、オバサンがあの世に行く前に、

娘を見せられたしね。



元気な時に、会わせてあげられれば、

きっとオイラ以上に可愛がられてさ。




大好き になること間違いなかったのに。





それだけが、オバサンに対して、オイラの娘にとって残念だったなたらーっ(汗)
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2005年06月24日

米屋にプラッシー

オイラがガキの頃、米屋で買う飲み物はプラッシーと、相場が決まってたな。

おじさんちの冷蔵庫も、プラッシーばっかり入ってるんだ。


オイラもおじさんちに行くと、飲むね!

とも言わずにマッハで飲んでた。


沈殿物が溜まってるのも渋いしね。



時々、ノベルティでシルバー仮面やアイアンキングの下敷きとかあるんだ。

s11.jpg


当然、ゲットね。



※確か、タケダアワーとか言って、30分枠とってたような気が…うろ覚え。



でも、ある時期からコーラが占有しはじめた。

オイラにとって黒い食品は、気持ちの上で認定出来ないから、

デビューは時間かかったな。


はじめて一口飲んだ時は、ヤバかった。



ベロがチカチカしてさ………。



毒を盛られたと思ったくらいだ………。



ブラッシーって、今もあるのかな?


コンビニにはね〜な。
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2005年06月17日

米屋の大晦日

昭和40年代の米屋の正月はエライ忙しかったぞぉ。

今みたいにコンビニとかないじゃん。

正月になったら、どの店も閉まっちゃうからな。

だから、食いモンは買っておかないとな。





開いてんのはオモチャ屋くらいさ。






米屋は年末は餅屋でもあるわけ。

ノシ餅は皆が買いに来てくれるし、四角いから積み込みが楽でいいのね。






問題は鏡餅。







大きさ毎に1号〜5号まであるんだ。

鏡餅は2段にするから合計10種類の丸い餅を扱うって訳。


この配達を晦日、大晦日とやるんだけどね。

餅を重ねてバンズに並べるのが、オイラの仕事さ。

天井の低い小さな部屋でやるから、子供しか出来ないんだ(笑)。


部屋が狭いから、配達しなきゃ搬入出来ない。





スピード勝負!






二日間やるとヘトヘトでさ。







飯と便所以外、黙々と餅を積んでるだけだからね。


おばさんは、

”悪いね。でもアンタしか出来ないから頼むね”って。

チョット責任感なんか出たりして…、えっへん。


おじさんは、

”サボンじゃねーぞ!”

と言いながらカンロ飴を投げてよこすんだ。


大晦日、店のシャッター降ろすと仕事納めでさ。





宴会やるんだ。






で……、そのまま、除夜の鐘聞いて、初詣。






で……、夜中の3時頃に寝る。







疲れるけど、めちゃめちゃ楽しいんだ、この日だけは。



また、体験したいなぁ。




それにしても、サトウの切り餅は情緒ないよな。
 
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2005年06月08日

米屋は千客万来♪

昭和40年代前半の米屋は、近所の人達のサロンでさ。

暇さえあれば、誰かが居座っているんだ。


インスタントラーメン買って、

その場で作って、

飯をくいなから、

井戸端会議は当たり前。



そんなもんだから、おじさんもおばさんも、町内の事にスンゲェ詳しいんだ。


誰ソレん家の内縁が、奥さん追い出したとか…、

誰ソレのセガレは裏口入学で100万払った…、とかさ(リアル)。





あと、人脈がスンゲェ。






いい塾を探してとか、隣とのイザコザをどうしたらいい?とか。





はては、人生相談までやってたな(笑)。






オイラも一緒に聞いていると、

”内緒よ!今の話、誰にも言っちゃダメよ!!”

って、よく念を押されたもんさ。



二人とも、旅行にも行かず……、

美味しい店にも行かず……、

趣味も持たず……、

楽しみといえば日曜日の朝寝坊




お店を商うって大変だなぁと思っていたけど……、

ひょっとしたら、毎日がエキサイティングだったのかもな。


オイラはガキの頃、確かに米屋に憧れてたんだ。

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2005年06月01日

おばさんのカレー

オイラはカレーライスが大好物だったんだ。





今も子供は大好物か?







昭和40年代前半はライスカレーって言って、

カレー屋なんてないから、ラーメン屋の定番だったな。



オイラん家のカレーは具が少なくて、水みたいにサラサラ。

でも、好きだったなぁ。


ある日、米屋のおばさんがカレーライスを作ってくれたんだ。

それが、うちではお目にかかれないスゲェ具。


椎茸は丸ごと、海老はカラ付き、肉や野菜は石コロ。





オォ〜、具だけで腹一杯になるな。






オイラはおばさんが作るカレーを”金持ちカレー”と名付けたんだ。


でも、おばさん曰く、米屋をやってると料理に時間をかけられない。

だから切るのも適当、煮物もほったらかし。





自然に美味い。






つまり、ものぐさに料理したらこうなったと。

ガキのオイラにしたら別にどうでもいいや。


ただ、カレーを食うたびに思い出す”金持ちカレー”。





アァ〜、ノスタルジ〜やのぉ〜。






ちなみにミートソーススパゲッティは、簡単には作って貰えなかったなぁ。


”そんなモダンな食べ物、年がら年中作れるわけないだろ!”



って言われちゃった(爆)。
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2005年05月24日

刑事が米屋にやって来た

米屋のおじさんちは、通りに面してたんだ。

外苑東通りと新宿通りの交差点の近くね。


ある日、おじさんちに刑事がやってきたんだ。

通りの向こう側の家に、犯人の知り合いが帰ってくるのを見張るんだって。
※って、おじさんが言ってた。




本当に、そんなのあるんだ…。






昭和40年前半の米屋は、近所のサロンでさ。

いろんな近所が、チワ話をするのに千客万来なんだ。

そん中で、刑事さんだけが背広着て、お茶ススッてんの。





ヘンな光景だったなぁ(……変)。






犯人の知り合いが帰ってくるの見張らなきゃいけないし……、

近所の世間話を聞かなきゃいけないし……、

オイラの遊び相手をしなきゃいけないし……、

結構、大変だったんじゃないかな?


オイラは誰が来ようが、遊び相手ならエブリーウェルカム!!



大歓迎さ。




刑事さん2人いて、一人は本当に普通のオジサンだったなぁ。

優しくてさ、いろんな事教えてくれたよ。


どんのくらいだろう、いたの。

1週間くらいかな?

ある日、突然いなくなった時は、さみしかったぁ………。


でも、お喋りなお客さんばっかの中で、秘密で張り込みなんて出来たのかなぁ?










ちなみにおばさん、刑事さんに飯食わせてやってたなぁ。

刑事さん…、貧乏だったんじゃないかな。
 
 



ロボットぉ〜♪その名はぁ〜♪ロボット刑事K〜♪
ロボコップだって、こいつにゃかなわない!
マザーに語りかけるKには、哀愁さえも感じる。
確かに、着グルミ感はぬぐえないが、
それだけではない、ドラマがここにはある。
子供心に、そこに感動したんだ、うん。
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2005年05月21日

おじさんの戦争体験話

米屋のおじさんは、戦争体験者だったんだって。

前線じゃあなかったから、ドンパチの経験はなかったらしいけどねー。

みんなはサァ、戦争の体験話を聞き飽きてるからね。

おじさんが戦争の話を始めるとツレナイ態度。





でもね、オイラは結構好きだったなぁ。






昭和40年代前半はサァ、まだ戦争の片鱗があってさ。

駅前広場には腕や足のない兵隊さんの姿を見たもんね。

ハーモニカなんか吹いてね。



おじさんは話を聞いてくれる人がいると、必ず軍隊手帳を見せるんだ。





強制的にね(困)。






軍隊にいた証しはそれしかないんだ(悲)。

写真や軍服もない。



おじさん言ってたよ。


"家に帰ってくるたんびに兄弟が増えやがる。”


”お国は戦争で、親は兄弟で俺を苦しめる。”


”俺に何の恨みがあるんだ!"


……ってね(苦笑)。



確に、おじさんの兄弟はお袋も入れて12人。

おじさん長男だから凹むと思うよ。


そんな時代をすごしたからサァ、

オイラがガキの当時、沢田研二が化粧してTVに出てると激怒してたね。

男の癖に(戦争にも行かないで)、チャラチャラすんじゃねぇ…って。

なんか、気持ちは分かったよ。



きっと、おじさんは誰かに感謝して欲しかったし、

労ってもらいたかったんじゃないかなぁ……。
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2005年05月15日

おじさんと昼飯

オイラガキの頃、よく米屋のおじさんと一緒に昼飯を食ってたんだ。

配達とかあるから、3時くらいになっちゃうんだよな。

多分、米屋に限らず自営業なんて、まともに昼飯とか食えないと思うよ。


おばさんが、

”あんた、今は配達途切れてるからご飯食べちゃって!”とか、

”××さん、急ぎだって!”とかね。






おちおち昼飯も食えない…(悲)。







米屋のおじさんも昼飯を食ってる時に、

”こんなのエサだな。”

と、笑いながら言ってたね。



でも、オイラから見ると凄く美味そうなんだ。


例えばさ、味噌汁とご飯とミソが出てくるのね。

ミソをさ、ご飯に塗りたくって味噌汁飲みながら食うわけ。






ミソだらけ(笑)。







そりゃ、毎日じゃエサだって言うかもしれないけどさ…、

これ食ってみると結構さ美味いんだ。




あとさ、パンにソースを付けて食うんだ。

コロッケパンとかの具を取ると、こうなるのかも知れないな。

みすぼらしいんだけど、美味いんだ(貧)。



またおじさんがガツガツ食うんだけどさぁ…、

そりゃぁ、美味そうに食うもんだから、こっちまで美味くなっちゃうんだ。



米屋ってのはさ、体力がいるんだよな。

だって、一表の米俵をお客さんの口に入るまで面倒見る商売やってんだから。

何の作業やるってったって力が要るんだ。



よく、あの飯で身体がもってたよね。

今、振り返ると商売って大変だよな。




まっ、サラリーマンも大変だけどね、普通は(爆)。



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2005年05月14日

病弱?繊細??

オイラが小学校2年生ぐらいまで、2週間に1回以上は病院に行ってたんだ。

まぁ病弱と言うか、繊細と言うか・・・、

ほんとうにだよ。 


近所に安井さんって、腕のいい物静かなお医者さんだったなぁ。

もう、このペースで行くと、お医者さんとも友達感覚だよね。

この安井さんは、米屋のおじさんちから歩いて3分の所にあったんだ。



ある日、やっぱり熱が出てさ。

学校休んでお袋と一緒に病院に行ったのね。

大体、途中で米屋に立ち寄ってさぁ。


あばさんに”まぁ、可哀想ねぇ・・・。”と同情されて、

おじさんに”けっ、オマエは普段から態度でけぇからバチが当たったんだ!”

と、からかわれるのが日課だったんだ。


オイラも年がら年中、熱出してたもんだからさぁ。

ちょっとくらい高くても、全然普通だったんだけどね。


でも、この日は違っててさぁ。

もう、身体がかったるくて、だるくって……。

米屋に寄った時には、一歩も歩きたくない状態になったんだ。


でも、3分くらいでお医者さんに着くからさぁ、

頑張って”よいしょ”って立ち上がったのね。






めちゃくちゃ辛かったんだけどさ。







そうしたらさァ、おじさんが、


”あぁぁ、見てらんねぇ!”

”どうしてオマエはそう軟弱なんだ!!”

”おじさんが車で連れてってやるから待ってろ!”



って、言ってくれたんだ。





もう、すんげぇ嬉しくてさ。







たった3分のところなのにさ。


そしたらお袋がさ、

”いいよ、ダメならおんぶできない距離じゃないから。”


オイラは、”なんてこと言うんだ!”と、思ってたけど言葉にならない。






………喋るのも面倒で、億劫で。







でも、おじさんは無視して車出しに行ってくれたのね。

おばさんも”今、配達途切れてヒマだから。”

と、言ってくれた。


昔はさァ、駐車場が少なくて、めちゃめちゃ遠い所にあったんだ。


なのに、わざわざ取りに行って……、

歩いて3分のところ車で送ってくれて……、

診察終わるまで待っててくれて……、

家まで送ってくれた。





もぅさぁ、嬉しくってねぇ。





ガキなんか現金だから”おじさん”とか”おばさん”に感謝というより、

車でいける嬉しさが先に立ってたと思うよ(笑)。


でもさ、物が分かる年頃になってさ…、

当時を振り返るとさ…、



やっぱり感謝しちゃうよね。





今でも、熱出すとこのことをハッキリと思い出すんだ。

嬉しい思い出だよ。


ちなみに、その時はオタフク風邪だった。

あれ、辛いな・・・。
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2005年05月11日

迷子になっちゃった

ガッチャマン知ってる?



そう・・・、あのガッチャマン。



あのアニメには思い出があってさぁ。


オイラの周りでは大鷲のケンとか・・・・・・、

コンドルのジョーとか・・・・・・、

ゴッドフェニックスが人気だったんだ。




でも、オイラは白鳥のジュンが好きだった。(彼女は16歳の設定)




彼女が乗ってるバイクのプラモが欲しくてさぁ。

友達と2人で電車乗って新宿の京王デパートに、親に内緒で出かけたんだ。

お金はもちろん、オバさんからゲットしてあるのさ。



小学校2年だった?ので、電車に乗るのは心許無いのね。

だから、行くのも帰るのも、完全にその連れが頼り。



でも、やはりと言おうか、当然と言おうか、デパートで迷子になった(笑)。

でも、そこでよせばいいのに、一人で帰ろうと思ったんだ。



白鳥のジュンのバイクをゲットして、気持ちが高揚していたのもあったのかもね。




エスカレータを降りていけば、新宿西口の駅の改札にでるでしょ。






そこまではいいんだ。







でも、乗ってきた電車が分からない。

国鉄(現JR)しか見えないけど、地下鉄に乗らないといけないんだけどね。



西口の地下のホールで、完璧に迷子を自覚したんだ。



悲しくなって泣けてきた。

オイラは泣くとき下を向いて”シクシク”泣くタイプだったのね。

だから、大人が気づいてくれないの(悲)。



ひとしきり泣いて、しょうがないから米屋のおじさんちに電話したんだ。

おじさんが出てさ、


”何処にいるんだ?”

”新宿西口の地下・・・。しくしく。”

”地下のどこだ?”

”わかんない・・・。しくしく。”

”何が見える?”

”子供が3人で手をつないでるマーク・・・。シクシク。”

”そこで待ってろ。絶対動くな!心細くなったら電話しろ!”



切った瞬間、心細いっつの。


で・・・、もう一回電話したのね。

そしたらおばさんが出てさ、


”今おじさんがそっちに行ってるから安心しな。いくらもっての?”

”¥90・・・。シクシク。”

”大事にしときな。もう少したったら、お母さんもおばさんちに来るから。”



切って、どのくらいだろう。

長かった気がするけど10分くらいだったと思うよ。


おじさんが来てさ。

一発で何処にいるのか分かったみたいなんだ。

電話があって、子供が3人で手をつないでるマークが見えて、新宿西口の地下。

これだけのヒントでバシッっとミートするとは、恐るべき直感。


ちなみに、子供が3人で手をつないでるマークって言うのは・・・、

京王デパートのマークで実は王冠のマークらしい。




帰りはおじさんのバイクに乗ってぴゅーだから、早い早い。




米屋に付いたら、オイラ探索本部が設置されてて、もうえらい騒ぎ。

おばさんとお袋と、両隣のおばさんと従姉が雁首並べてお店にいたモンな。






メチャメチャとっちめられたよ。





でも、シュンとしてたのは10分くらいかなぁ。

まだ、怒られてる最中なのに、早速プラモをあけて作り出したらしい。
(ここは、本人も記憶にない)。


当時、携帯電話でもあれば、こんな騒ぎにはならなかったんだけどね。

おじさんにはそれ以来、結構オイラもやさしくなったよ。



今にして思えば、あの発見されたとき”グッ!!”……・、

と腕をつかまれたときの恐怖と、

おじさんと分かった時の安堵は口では言い表せないよね。





感謝感謝だよ。






ちなみに、一緒にいたダチは家に帰って・・・、

このことを誰にも告げづにいたので・・・、

騒ぎにはなっていませんでした(爆)。





迷子の時、京王デパートのマークが決め手になった。
オイラにとっては、命の恩人さ。
沿線では、明大前、笹塚、永福町など、なかなか
楽しいスポットもあるよ。
京王バスで、沿線ツアーなんかも、いいかもね。
とにかく、オイラは京王に足を向けて寝られないよ。


コメントありがとうございます♪
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2005年05月06日

米屋の後継ぎ

オイラは、米屋が大好きだったんだ。

米屋のおじさんとおばさんちには、オイラより10歳年上の従姉がいたんだけど。

その姉ちゃんは米屋が嫌いだったらしい。


やっぱり自分の親が近所の人にペコペコしてるイメージが強かったんだろうね。

汚い、ってゆうより埃っぽい??みすぼらしい???

・・・そんな感じもヤだったのかなぁ。







それでも、オイラは米屋が大好きだったんだ。







よく、幼稚園の帰りに先生を米屋まで案内したもんさ。


”先生、ココでは遠慮はナシだからね。ネッ、おばさん。”

”もちろん。でも先生ここ汚いから来る時は綺麗な格好は止めた方が良いかも。”

”すみません。私も来るつもりなかったんですけど…。ご迷惑をおかけして…。”


とにかく、先生にも友達にも見せたかったんだ。





と言うより自慢してたなぁ。






米計りだって、丸い錘を重ねて計るヤツだったし、

ヌカ取りだってスンゴイ機械がウンウン動くんだ。

プラッシーはいつも置いてあるし飲み放題!、




もう最高だったよ。





おじさんの所はお客さんに合わせて、米を個別にブレンドをするんだぜ。

裏のおばあちゃんちは、コシヒカリとササニシキを何対何でブレンドとかするの。

おじさんはデッカイバイクで配達に行くし、車だって運転できる。



車なんて、当時は高級品だからね。




今ほど普及してなかったんだ。周りでは。


ちなみに、この従姉が結婚する時、後を継ぐ継がないの問題になったんだ。

ここは、新潟からじいちゃん東京に出てきて、一代で築いた店の後を継いだんだ。

結構、責任と思い入れがあったんだろうね。




でも……、当然、従姉は米屋が大嫌い。





おばさんが言ったそうなんだ。

”別にオマエが継がなくても、やりたいって言う人はゴマンと居るんだからね!”

ゴマンとは居ないと思うけど、一人は居たってこと。


この話をお袋から聞いたとき、

”いつから修行できるの?”

と確認したそうなんだ。オイラは覚えてないけど。



きっと、学校行かなくていいと思っただけなんだけどね。




おばさんもおじさんも自分の子が居るのに、オイラをミョーに可愛がったのは、

オイラが米屋好きだったからかもしれないなぁ。

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